2015年7月31日金曜日

バブル時代 サーキットⅥ

いよいよ耐久レースが始まった。A’が先発した。後方からのスタートだったが徐々に抜いて行く。
しかし中山の登り坂は1500ccの排気量ではきついものがある。最終ストレートでついにBMW ATのおばちゃんを抜いた。
よくよく見るとおばちゃんはクーラーを効かせて走っているようだ。。。
20分が経過したので指定の交代場所で私もヘルメットをかぶってスタンバイした。それから2、3分後、悲劇が起こった。

登りで無理に追い抜こうとしたフィットのマフラーから白煙が・・・10000rpm近く引っ張ったようだ。
一気にペースダウンして私の前に・・・A’「がんばって!!」・・・
アホー・・・一応、交代したが30km位しか出ない・・・一応、1週した。レースを楽しむためブロックもしたが・・・BMWのおばちゃんにも抜かれた。。。。

 今回、かなりの金額がかかった。もちろん借金だ。しかし時代はバブル!!
何カ月かたてばカード会社から電話がかかってうぐいす嬢が美声で「カードの枠が増えました。増額のお手続きを行っても良いでしょうか?」と奏でるのであった。
そういえば明日は都会でエアロ販売で大儲けしている知り合いのおじさんに飲みに誘われていた。楽しみだな・・・
バブル万歳である。 完。


2015年7月29日水曜日

バブル時代 サーキットⅤ

レースはスプリントレースと耐久レースの2本立てで改造によってクラス分けされスプリントは10周、耐久は1時間で2人一組だ。
まずスプリントはA’が出場した。
スタートラインにフィアットを並べた。他にBMWやゴルフ、ミニ、国産ではハコスカや510ブル、ベレット他、ストリートクラスだ。
レースクイーンが日傘をもって直射日光を防いでくれる。
レースクイーンはバブル独特のワンレグで美人揃いだ。日傘ではなくビーチパラソルだと認識するのにはそれから3年の月日を要した。
スタート合図と共に車両まで走って行き車に飛び乗って一斉に走り出す。
サーキットに爆音が鳴り響く。圧巻である。
現在のようにドリフトと言う言葉がない時代だが勝手にドリフトして行く。
私達のメインは耐久なのでA’は無難に走行した。30台中20位の成績だった。上出来だ。
家族連れで遊園地感覚で来ている家族もいると言うのんきなクラスだ。

 耐久が始まるまで改造クラス、スーパーカークラスのレースを観戦した。
改造クラスはスリックで圧巻はハコスカとポルシェのバトル。ガードレールぎりぎりでドリフトして行くド迫力!!ハコスカの勝利で終わった。
ハコスカは前回登場したアンディの会社の車両だ。元グループA車両のゴルフGTi-Rを駆るダチヒロシも部門で優勝した。
アンディもダチヒロシもなかなかやるな。なぜか私は上から目線だ。

スーパーカークラスはフェラーリやカウンタック、ミウラ、コブラも攻め込む。コブラがクラッシュして大破!!
レッカーに引っ張れて来るコブラの上でおじさんがテレ笑いしている。まさにバブルだ。つづく。






2015年7月28日火曜日

バブル時代 サーキット編Ⅳ

天はいやダチピロシは私を見捨てなかった。急いで車両を点検し、まずA’がコースに出て行った。練習走行は30分なので15分経過した頃、A’が帰って来た。「なかなかはやいで」笑いながら言った。
はやい。。。クソー日本人の平均は友達から3分と聞いた事がある。確かにひいきめに見ても昨日は30秒だった。だがそれが私の人格を否定するものではないと確信している。
とりあえず車に乗りコースへ飛び出した。初めてのサーキット走行、ドキドキものだかなり乗れている間隔だが他の車両には抜かれる、又、抜かれる。
BMWのATのおばちゃんまでに抜かれた!!
どうだ見た事かはやいのは「お前達ではないか!!」当時、私は心身喪失状態だったのだろう。
15分の走行が永遠の時間のように感じた。そうこうしているうちにブレーキがおかしくなって来た。
フェードかいやブレーキオイルのペーパーロック現象だ。ブレーキオイルが沸騰してブレーキが効かなくなる現象だ。
急いでコースを出なくていけない。。。しまった!!どこから出て良いかわからない。
言うまでもなく当時ナビはない。みなさんも経験があると思うが大便がそこまで出そうになっているが高速道路で車を止めれないそんな状態だ。
キョロキョロしながら走っているとコースに出た通路を発見!!そこから出てしまい周囲のヒンシュクをかってしまった。背に腹はかえられない。
ダチピロシが走って来た。「どうした」「ペーパーロックや熱い走りに耐えれんかったがやろう」
ダチピロシ「サイドブレーキひこずりながら走ったか?」「・・・・・」
 私の彼女は耳元で「はやい・・はやい・・はやい」とつぶやいている。大人になったら絶対に訴えてやる。。。
 A’と一緒にブレーキオイルを交換していよいよレース本番である。この時、2人を襲う悪夢のような結末を誰が予測出来ただろう。10代後半、初夏の物語である。つづく。

2015年7月27日月曜日

バブル時代 サーキット編Ⅲ

バブル時代 サーキット編Ⅲ

サーキットに到着して間もなくA’も到着した。
どのように声をかけたら良いか迷ってしまう。
脳裏の片隅には「どんなプレーをしたのか。。」そんな状態を知ってか知らずか第一声はA’の口から飛び出した。
「早かったね」。。この一言が更に私を錯乱させた。
もしかして昨夜自分達の声も聞こえていたのか。。。彼女の口をふさいでおくべきだったか。。。
私は無難に「疲れちょったきい」と照れながら言った。A’は何を言っているのかと不可解な目で見つめた。
しまった普段、冷静沈着な歩くコンピューターを自負している私とした事が。。。私の彼女から愚か者いや汚れとも思える発言が飛び出した「いっつも早いで・・」バカである。
更に混乱した。当時火曜サスペンスファンの私は深読みしてしまった。サスペンスでこのパターンはA’と私の彼女はグルだ。動機は・・・保険金かいやカッコ良すぎる私に対しての嫉妬か、、、
そうしているとダチピロシが「練習走行はじまるぞ」と声をかけて来た。
つづく。




2015年7月26日日曜日

バブル時代 サーキット編Ⅱ

バブル時代 サーキット編Ⅱ

 移動は何台も積載可能なローダーでサーキットまで運んでくれると言う事なので私は彼女を連れて前夜に自家用車で出発した。
地図を頼りにサーキット周辺に到着したが山奥いやまさに秘境、
何もないホテルもなくうろついていたらモーテル(現代で言うラブホテル)があったのでそこで宿泊する事にした。
夜、くつろいでいると隣の部屋からホテル中に響いているのではないかと思える男子と女子のうめき声が・・防音設備は・・今、思えばなかったのだろう。
その声は一晩中鳴りやまる事はなかった。。。

 次の日、モーテルから出ると隣の部屋の駐車スペースに。。。。見覚えのある車両が。。。
知り合いも知り合い今日、一緒に耐久レースに出場するA’(エーダッシュ)の車が。。。。。昨晩の記憶が蘇る。。こんな非国民とタッグを組んで走れるのか。。。

もし「なでしこジャパン」が前夜にこんな体験をしてワールドカップ決勝まで進む事が出来ただろうが・・・?
この後、男達は、いや女達も波乱のバブル時代に飲み込まれていくのであった。。。 つづく。

2015年7月24日金曜日

バブル時代 サーキット編Ⅰ

バブル時代 サーキット編Ⅰ


私が10代後半の頃、世はまさにバブル真っ只中。
地元にもアメ広(アメリカ広場)、パルコ、そしてマハラジャも進出。
ディスコ通いに明け暮れた時代のある日、知り合いの整備工場の社長からレースに出てみないかと誘いを受けた。
舘ひろしに似ている事から「ダチ ピロシ」と勝手に名づけていた人物である。
そこの工場は外車が専門でポルシェやエラン、フェラーリ、ディーノ等、数々の世界的な名車が入庫していた。
「スーパーカー」世代の私はダチ ピロシの目を盗んで写真をとったりドライバーズシートに座ったりしたものだ。
いつかはディーノのオーナーになるぞ!!と言う根性ものとは違い大人になったら購入しようと言う気持ちだった。恐るべきバブル思考だ。

ダチ ピロシは、趣味でサーキット走行をしていてかなりの腕前だ。
そんなダチ ピロシに誘われ早速、車両作りに取り掛かった。車両はフィアットX 1/9、1300だったので1500にボアアップ、面研、ハイカム、ウエーバー45の4連装と言う定番仕様。
レース用ブレーキパット、ブレーキオイルはDOT4にぬきかえ、タイヤはSタイヤをはかして一丁上がりだ。
試運転も完璧だ。

これで中山サーキット1分10秒位かと浮かれていた。この辺りのノウテンキな所もバブル世代の特徴である。つづく。

2015年7月23日木曜日

パソコン創世記

・最近年のせいか昔の事が懐かしく思う事が多くなった。
 良く思い出す事のうちの一つがパソコンだ。
1995年爆発的な話題になったウィンドウズ95の発売。鉄腕アトム世代の私はこんな時代がついにやって来たと仰天したものだ。
そんな時に新聞のチラシにNEC キャンビーの広告がハードディスク容量が0.8G位だと記憶しているが値段は38万円!!
大金だがコンピューターさえあればなんでも出来る!!
昔のアニメやヒーローものドラマでこちらが質問したら答えてくれるのがコンピューターだ!!
と言う概念からローンで即購入。
 我が家にコンピューターがやって来た!!一通り説明書を正装・正座で目を通しいよいよ電源ON。
わくわくしながらコンピューターに話しかけて見る。当然ながらなんの反応もない。
色々と調べて見るとインターネットと言うものをつなげれば世界が広がると知り早速、ISDNを契約してインターネットを試してみた。
その当時、日本にはあまりホームページがなく英語サイトばかりだった。そのおかげで海外のエロ画像にはまってしまい1カ月後の通信料が莫大になってしまった。
NTT西日本に文句を言うと「どれだけ見ても定額で見放題プランがある。」と対応してくれたおばちゃんが言うので即プラン変更。
しかし今、思えば速度がもの凄く遅い・・動画等、永遠と待てど暮らせど始まらない。ようやく見始めると途中で幾度もとまってしまう・・・
 キーボードも生まれて初めての経験で全く打てない。と言うよりローマ字がわけがわからない。
それに輪をかけて私に追い討ちをかけたのがパソコンが壊れまくる。良くかたまって電源を切って再起動してみるがそれっきり起動しない。
その度にパソコンを扱っている家電屋へ持って行く。毎回、答えは同じで「メーカーに出さなければ修理出来ません。5万円いります。」
それから1年位たってきづいたのだが一度、全て消去して再インストールしているだけではないか・・・
気の毒に思ったのか顔馴染みになったサーバーのおばちゃんがやり方を教えてくれそれ以降は自分でインストールし直したものだ。
まあその努力のかいもありプログラムを書いたり ホームページを作ったり CADや様々な用途に使え、可能性は無限大になったので良い経験になった。
現代では小学生の子供がキーボードを叩きまくりゲームのコードを調べDSと言うゲームのキャラを改造してズルをしている。
末恐ろしい世の中になったものだ。完。